フィリピンの花嫁現地レポート

フィリピンの花嫁とフィリピンで生活をはじめた日本人による、現地レポートなど
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妻へのメッセージ
ご無沙汰しております。
その後どうなったか、気になっているかたも
多いかと存じます。

大変残念ながら、4月20日に妻は他界しました。

半年以上に及ぶ闘病生活、それがどんなに辛い
ものだったのか…
それは、本人でないとわからないでしょう。

でも彼女は、最後の最後まで希望を捨てずに、
頑張りましたよ。


すごく寂しいです。

できることなら、今すぐにでも彼女を追いかけて
行きたいです。

でも、

彼女の残してくれた子供、彼女の家族を
守っていかなければなりません。

辛いですが、頑張って生きていきます。
そして、また1からコツコツとやり直します。

さて、このブログは続けていきたいと思います。
このブログは、彼女との思い出がたっぷり詰まった、
いわば私たちの宝です。
引き続き、応援よろしくお願いいたします。

写真は昨日28日の葬儀の様子です。



妻へ
今までありがとうね。
あなたと巡り合えて、本当に良かった。
二人でいろいろ将来の夢を語り合ったよね。
まだ何も実現していないのに、先に逝って
しまうなんて、本当に寂しいよ。
でも、あなたとは天国でまた会えるよね。
だから、さよならは言いません。
子供とあなたの家族のことは、心配しないでね。
俺が全力で守るから。
だから今すぐにあなたのところへ会いに行けません。
寂しいだろうけど、俺がそっちに行くまで
待っててね。

| - | 21:39 | comments(14) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
妻の病気〜最初の奇跡〜
しばらく間があきましたが、
前回の続きです。

仰向けで寝たきりの状態で、
全身の痛みに耐えながらも、妻の口から出る
言葉は、将来の夢でした。

元気になったら久しぶりに日本に行きたい。
家を改装して、綺麗にしたい。
などなど、彼女の想いは将来の夢で一杯でした。

そんな妻を見るにつれ、私自身も元気を取り戻し、
絶対に妻を死なせるわけには行かない、
絶対に病気を治す!

そんな風に固い決意をしました。

その頃、日本の知人が、妻のために、
動いてくれていました。

彼は、私の妻は絶対に治る。
悲劇のヒロインになっている場合ではない、
などなど叱咤激励してくれました。

男の私にヒロイン???
まぁ、それはさておき、

彼はその人脈を駆使して、がん治療の
専門家の方々を私に紹介してくれました。

また、有名な霊能者に遠隔でのヒーリングを
依頼してくれました。

更には、漢方薬まで取り寄せてくれました。

まず、妻に漢方薬を飲ませた何日か後に、
ご近所さんが様子を見に来て、
「なんだか顔色が良くなってきた気がする」
そう言ってくれました。

言われてみれば、確かに顔が赤らんで、
血行が良くなって来ている気がしました。

そして、がん治療の専門家のアドバイスに
したがって、できることをコツコツと
試して行きました。

どうしてもフィリピンでは手に入らない
ものがあり、全てを試すことは出来ないの
ですが、出来ることは全部やりました。

そして、奇跡がおきました。

それまで、仰向けに寝たきりだった妻が、
起き上がることができたのです。

もちろん、介護用のベッドの上半身の部分を
起こして起き上がったに過ぎませんし、
ほんの数分間の出来事です。

でも、今まで痛みで身動きが取れなかった
状態からすれば、奇跡以外の何ものでも
ありません。

そして、更に数日後、再び奇跡が起こります。

明日また続きを書きます。

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| - | 20:29 | comments(4) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
妻の病気〜絶望から希望へ〜
前回の記事で、妻が「がん」と告知された件を
書きましたが、その件で多くの方から
お気遣いのメールをいただきました。
TwitterからもメッセージやDMをいただきました。

とても励みになります。
この場を借りて、お礼申し上げます。
ありがとうございました。

では、前回の続きですが、
「がん」と告知され、病院では手の施しようがない
ため、自宅に戻った妻ですが、日に日に痩せていき、
まるでお婆さんのようになってしまいました。

全身が痛むため、仰向けでの寝たきり状態。
手は動くのですが、それ以外は自力では動かせません。
このときは、最悪の事態を覚悟していました。

ただ、そのような状態にもかかわらず、
妻は自分は治るものだと信じて疑いません。
治ったらあれがしたい、これがしたいと夢を語って
いました。

一番辛いのは妻自身、その彼女が治ると信じている。
それなのに、私ときたら悪いことばかり考えて、
激しく落ち込んでいました。

妻に対して、すごく恥ずかしくなりました。
そして、吹っ切れたのです。

最悪の事態を考えるより、妻の病気を治すこと
だけを考えていこう。
そう覚悟を決めました。

そして、このあと、
日本の知人の助けで、奇跡が起こり始めます。

続きは次回へ

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| - | 08:02 | comments(4) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
妻の病気〜絶望〜
 前回の続きです。

そんなわけで、妻の入院生活がはじまったわけですが、
ベッドから起き上がるのも激しい痛みを伴い、
そんな状態でのレントゲンやCT検査は簡単ではなく、
想像を絶する大変な作業となりました。

しかし、これで原因がわかり、治療方針も決まるわけ
ですから、妻には何とか頑張ってもらいました。

検査の結果が出るまで3日ほど掛かりました。

そして、病名を告げる医者の口からでた言葉は
まさに絶望的でした。

思いもしない病名に、本人はもちろん、
その場に居合わせた家族全員が凍りつきました。

妻の侵されている病名は、「がん」でした。

肝臓、腎臓、乳房、そして骨にまで転移していて、
末期の状態だとか…

驚いたのが、この国では、がんの告知を本人の
目の前でするのですね。

日本だったら、家族にこっそりと告知して、
本人に伝えるかどうかの選択は家族にあるのだと
思うのですが…

もはや病院では手の施しようがないため、
これ以上の入院は意味がないとのこと。

絶望的でした

この告知から3日後に妻は退院し、家に戻る
ことになります。

家に帰っても、全身の激しい痛みに耐える妻を
見ていると、生きている方がつらいのかも、
などと良からぬことを考えてしまいます。

私自身も生きる活力を失っていました。

ここまでが昨年12月中旬までの話しです。

長くなりましたので、続きは次回へ

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| - | 19:50 | comments(2) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
妻の病気〜緊急入院〜
前回の続きです。

車ではるばる3時間も掛けて行った病院。
その病院で貰った薬を2週間飲み続けた結果、
「回復している」
とのこと。

本当に嬉しかったです。

後は回復を待つだけ、という状況に心から
喜びました。

また、いずれ以前の生活に戻れる。
そう考えると、嬉しくて嬉しくて…

でも、その約5日後の夜に、痛みで苦しむ妻に
起こされました。

全身が痛く、足が麻痺して動かないと…

ただごとではないと判断し、救急車を呼んで
救急病院へ行きました。

病院について、しばらくすると痛みは落ち着いたの
ですが、大事をとって入院することになりました。

未だわからない原因を調べてもらうことになり、
とにかくあらゆる手段を投じて、チェックを
行いました。

痛みはだいぶ引いてきたので、後はチェックの結果を
待つだけの状態となりました。

長くなりましたので、続きは次回へ

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| - | 20:53 | comments(2) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
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